ダコタハウス・Dakota Houseのご婦人宅に招待されました!

2020/1/31 タグ: /

アメリカの歴史建造物に指定されているダコタハウス。ジョンレノンが、1980年、ダコタハウス前でファンに射殺された事件は世界に衝撃を与えました。今も絶え間なく観光客やファンがダコタハウスを一目見にやって来ます。又、ニューヨークで最も入居審査の厳しいアパートとも知られており、マドンナやビリージョエルさえも入居を拒否されています。そこまで入居審査の厳しいダコタハウスに住人になれるという事は、かなりのステイタスにもなります。

昨年クリスマス、そんなダコタハウスの前の信号を待っていたところ、白い子犬連れのご婦人から声を掛けられました。
少し立ち話をしていると、なんと!ダコタハウスにお住いとの事で、しかもお茶にお誘い頂きました。勿論このような幸運は滅多にないと、その後の予定をキャンセルして厚かましくもお邪魔させていただきました。

初めて入るダコタハウス。すれ違う住人と思われる方もなんだか垢ぬけていて芸能人のよう。フランス・バロック様式の階段の手すりや廊下の天井にも凝った装飾が施されており、さすがプラザホテルを手掛けた建築家だなあっと、うなる。

室内に入ると4メートルを超える天井高で広々としたリビングに通されました。そして窓からはセントラルパークが眺められます。
美術コレクターで日本でも何度か出品されただけあり、室内は見るからに高級そうな食器や立派な絵画が飾られています。誤って傷つけてしまったら大変!と緊張しながら、室内をゆっくり歩きました。

ご婦人のお話の面白いこと。80代を超えておられるとの事ですが、記憶力が抜群なうえに、表現が豊富で今までの人生を面白おかしく語って下さいました。あまりにも素晴らしいお話でしたので、ここでシェアさせていただきます。

高校を卒業した後、英語を学ぶために外国人ご家族の女中として働きながら大学に通っている中、たまたまスチュワーデスの募集があったので受けてみたら、見事合格!それならば、と大学を中退し、世界中を飛び回っておられたそうです。

そんな中、ムクムクとアメリカで暮らしたい!と思う気持ちが強くなったもののどうしてよいかわからず、とりあえず学生ビザで1学期間ニューヨークに滞在を決意。先のことは深く考えず、勢いでニューヨークに来ました。

いざニューヨークに来たものの、あっという間に貯金は底をつき、学校延長もできないままビザも切れてしまい、どうしたものかと途方に暮れていたら一本の電話が。。ニューヨークに出張に来ていた知人からの電話でした。翌日、その方の勤務する会社のパーティーに招待されたので行ってみたら、なんと、そこで就職が決まったとの事。無事就労ビザを取得し、ニューヨークでの生活を継続することが出来ました。

それから数年たった頃、友人が証券会社の面接に受かったが、その時勤務している会社から引き留められたので転職しないことにしたので、その証券会社に面接をうけてみたらどう?と勧められた。じゃあ、受けてみるか、と行ってみたらすんなり合格。

そして、勤務しはじめると日本からの駐在員は言葉の壁があり、アメリカの証券免許の試験になかなか受からないことが判明。ならば私が!と猛勉強の末合格すると、上司がすぐにトレーダーにしてくださったそうです。当時は日本人女性初のウォール街のトレーダーとして随分話題になったそうです。

月日が経ち、十分な経験を積んだ後独立、ファンドを設立し、かなり成功されたそうです。また、私生活でも心優しい笑顔の素敵な旦那様に出会い、幸せな結婚生活を送られたとの事です。残念ながら旦那様は今は天国にいらっしゃいますが、眩しい笑顔一杯のお写真がリビングルームに飾られておりました。

話に引き込まれれいるうちに、あっという間に5時間が経過。途中、お寿司までご馳走になってしまいました。

しかし、なんて勇気と行動力に溢れ、思いのまま生きる素晴らしい人生でしょう。本当に魅力的なご婦人でした。夢のような時間をご一緒させて頂き、キラキラと思い出に残るクリスマス・プレゼントとなりました。どうもありがとうございます。

年に2回、クリスマスと大晦日だけ、気が向いたら!こんな風に見知らぬ日本人をお茶に招かれているようです。ご希望の方は、その2日間、ダコタハウス前で待ってみてください。もしかしたら!声を掛けて下さるかもしれません。